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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)162号 判決 1984年6月20日

原告 浅利研

右訴訟代理人弁護士 増岡章三

同 朝倉正幸

同 対崎俊一

右輔佐人弁理士 早川政名

被告 特許庁長官 若杉和夫

右指定代理人 折元保典

<ほか五名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和五三年審判第一七九七号事件について昭和五五年四月一七日にした手続補正を却下する決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四七年九月五日、名称を「いか釣針」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願をした(実願昭四七―一〇三四九二号)。右出願は、昭和五一年三月一五日付手続補正(以下「本件補正」という。)を経て、同年一〇月一二日、実公昭五一―四一八一八号として出願公告された。ところがこの出願公告に対して実用新案登録異議の申立がなされ、特許庁は出願拒絶の査定をした。そこで、原告は、昭和五三年二月一日、これに対する審判請求をしたところ、特許庁はこれを同年審判第一七九七号事件として受理し、目下審理をしているが、昭和五五年四月一七日、「本件補正を却下する。」旨の決定をし、その謄本は同年五月一四日原告に送達された。

二  本願考案出願時の実用新案登録請求の範囲

柔軟弾性を有する支承片に鞘管を嵌着せしめると共に柔軟弾性を有し且中空体状に形成した擬餌体を取付け、鞘管を擬餌体の上部に貫挿係止せしめてなるいか釣針。

三  本件補正却下決定の理由の要旨

本件補正は、本願考案の第二実施例として、第五図として別紙図面(一)に示すようないか釣針を追加し、これが本願考案の中に含まれるように補正したものであるが、右図面に示されているような「鞘管(2)の下端面を支承片(1)の頂面に載置した」構成のものについては出願当初の明細書又は図面のいずれにも記載されていないばかりでなく、これらの記載から自明のものとも認められず、出願当初の明細書及び図面に記載されているいか釣針は、終始一貫して鞘管(2)の下端を支承片(1)の取付部(a)に嵌着した構成のもののみに限定されているから、本件補正のごとく別紙図面(一)に示すような構成のものを新たな実施例として追加することは本願考案のいか釣針の構成の解釈に影響を及ぼし、ひいて本願明細書の要旨を変更するものといわざるを得ないものである。

したがって、本件補正は実用新案法四一条により準用する特許法一五九条一項、同法五三条一項により、これを却下すべきものである。

四  本件決定を取消すべき事由

1  本願考案の登録請求の範囲(出願当初のもの、以下同じ。)は、「『柔軟弾性を有する支承片に』、『鞘管を嵌着せしめると共に柔軟弾性を有し且中空体状に形成した擬餌体を』、『取付け』、『鞘管を擬餌体の上部に貫挿係止せしめてなる』、『いか釣針』」と読むべきである。したがって、「鞘管を嵌着せしめると共に柔軟弾性を有し且中空体状に形成した」までの記載は「擬餌体」にかかり、かかる擬餌体が支承片に取付けられるというのが本願考案の構成である。本願考案の構成をこのように解する以上、支承片と鞘管との関係についてはなんら限定が付されていないことになるから、本件補正に係る別紙図面(一)のごとき「鞘管(2)の下端面を支承片(1)の頂面に載置した」構成を有するものは、出願当初の本願考案の明細書又は図面(以下「原明細書」という。)に含まれていたというべきであり、本件補正はこのことを明確にするための実施例の図面の追加であるにすぎず、なんら原明細書の要旨を変更するものではない。このことは、本願考案の目的が「(いか釣針の擬餌体の)下方の圧縮を支承片に求め、擬餌体に何等圧縮による変形をさせることなくいか釣針を擬餌体に取付け得るようにした」(原明細書一頁一七行ないし二頁二行目)点にあり、また、その作用効果が「擬餌体を破損させることなく、簡単にいか釣針を取付け交換することができると共に長期使用に耐え得る」(同四頁五行ないし八行目)点に鑑みれば、本件補正に係る別紙図面(一)の構成を有するいか釣針が右目的を達し、作用効果を奏する点において、原明細書の第一図(別紙図面(二))及び第二図(別紙図面(三))の構成を有するものと異なることがないことによっても明らかなところである。

また、本件補正に係る別紙図面(一)の鞘管はその上下端においてそれぞれ擬餌体の内側上下に接着しているから、同図面のものも「擬餌体に鞘管が嵌着されている」構成を有しているのであり、この点において別紙図面(二)及び(三)のものと異るところはないのである。

2  仮に、本願考案における支承片、鞘管及び擬餌体の原明細書による構成上の関係が被告主張のとおりであるとしても、原明細書における前記のような本願考案の登録請求の範囲、その目的、「擬餌体(3)には何等の力を加えることなく、且変形させることなく簡単にいか釣針(6)を組立て得る」(原明細書四頁二行ないし四行目)との作用効果及び実施例に関する記載に照らせば、本願考案の解決すべき技術的課題は、柔軟弾性を有し、かつ中空体状の擬餌体を上下方向に変形させない(潰させない)ためにはどうすべきかという点にあることが明らかである。本願考案は右課題を解決するため、鞘管を擬餌体の中に貫挿させ、次いで、この鞘管の態様として、擬餌体の内側の上下端に上下が接するだけの長さを鞘管に確保させるという構成を採用している。換言すれば、右二点のみが課題解決のための必須手段であり、鞘管の上下を嵌着、係止等いかなる態様で固定させるかは右解決手段として必須のものではなく、このことは、原明細書をみる当業者にとって自明の事項に属する。つまり、原明細書添付の別紙図面(二)及び(三)と本件補正に係る別紙図面(一)にそれぞれ記載されたいか釣針は、右の二点において、前記課題解決のうえでなんら差がないものであるから、後者の構成は原明細書に開示された技術的事項に当然含まれており、当業者にとってそのことは自明のことなのである。原明細書中のどこにも「嵌着」、「係止」の目的、効果について格別の説明がなされていないが、そのことは、右の自明性を裏付けるものということができる。

3  このように、本件補正却下決定は、本願考案の登録請求の範囲の解釈を誤ったか、或は別紙図面(一)記載のいか釣針の構成が原明細書上自明であるのに誤ってこれを否定した違法なものであるから取消を免れない。

第三請求の原因の認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。同四は争う。

二  主張

1  取消事由1について

本願考案における支承片、鞘管及び擬餌体の原明細書による構成上の関係は、「支承片」に「鞘管を嵌着せしめる」と共に「柔軟弾性を有し且中空体状に形成した擬餌体を取付ける」というように解すべきである。即ち、原明細書における右三者の関係をみると、登録請求の範囲には右関係を一文で記述した構成が示されているほか、その考案の詳細な説明の項には、「支承片(1)は超柔軟弾性を有する合成樹脂、合成ゴム等にて形成し、中央に釣針軸(4)を貫挿せしめる軸孔(5)を開穿し、上部には鞘管(2)内に嵌着し得るように取付部(a)を設け、……(中略)……支承片(1)の取付部(a)には鞘管(2)の下端を嵌着せしめると共に接着剤(8)を介して鞘管(2)の下端に接着せる擬餌体(3)を取付け、取付部(a)に嵌合固着せしめる」(原明細書二頁三行ないし一二行目)との記載があり、これらを総合すれば、支承片と鞘管が嵌着され、その鞘管に接着剤で擬餌体を取付けることが本願考案の構成であることが明示されているといえるのである。原明細書には、右三者の構成上の関係についてそれ以上に触れるところはなく、添付の第一ないし第四図(別紙図面(二)ないし(五))の示すところも右構成と一致している。これに対し、原告主張のような右三者の構成上の関係を裏付ける記載を原明細書中に見出すことはできない。したがって、原明細書中に「鞘管(2)の下端面を支承片(1)の頂面に載置した」構成が開示されているということはできない。仮に原明細書が開示する右三者の構成上の関係を原告主張のとおりと解するとした場合、本件補正に係る別紙図面(一)のものは擬餌体に鞘管が嵌着されていないから、右図面による構成は原明細書に開示されたものに含まれていないことに帰するのである。原告は、本願考案の目的及び作用効果の点で本件補正に係るものと原明細書の図面に開示されているものに差がない旨主張するが、同じ目的及び作用効果を奏するとしても別異の構成を有することにより別異の考案となる場合、この別異の考案が他方の考案に含まれるものとは限らないのであるから、右主張は誤りである。

2  取消事由2について

原明細書における本願考案の登録請求の範囲及び目的は原告主張のとおりであり、右目的を達するため必要な構成は、右登録請求の範囲の記載のほか、前記1に引用した原明細書記載及び「擬餌体(3)は柔軟弾性を有する中空体で成型し、いかが釣り上った際のいかの受けるショックを緩和する。……(中略)……本考案は以上のように柔軟弾性を有する支承片(1)に鞘管(2)を嵌着せしめると共に柔軟弾性を有する中空状に形成した擬餌体(3)を取付け、鞘管(2)を擬餌体(3)の上部に貫挿係止せしめたから……(中略)……支承片(1)は弾撥力で擬餌体(3)を押し上げ、止環(10)に係止され、釣針(6)は擬餌体(3)に固定される」(原明細書二頁末行ないし四頁二行目)との記載及び別紙図面(二)ないし(五)に示されるだけである。このように、原明細書により開示されたところから、本願考案の目的を達成するために必要な構成が原告主張の二点のみであるとは、当業者といえども自明のこととして感得し得るものとは到底考えられない。してみれば原明細書における本願考案の構成に本件補正にかかる別紙図面(一)の「鞘管(2)の下端面を支承片(1)の頂面に載置した」構成のいか釣針が自明のものとして含まれてはおらず、後者は前者と別異の考案であるというべきである。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。そこで、原告主張の取消事由について順次検討する。

二  取消事由1について

原明細書に記載された支承片、鞘管及び擬餌体の構成上の関連を検討すると、《証拠省略》によって認められる被告が指摘する原明細書二頁二行ないし一二行目の記載によれば、支承片の上部に鞘管が嵌着し得るような取付部を設け、この支承片の取付部に鞘管の下端を嵌着せしめた構成、即ち支承片と鞘管を嵌着する構成と支承片の取付部に嵌着した鞘管の下端に接着剤で擬餌体を取付ける構成が明記されており、これらの構成は、本願考案の実施例(別紙図面(二)ないし(五))とも一致することが認められる。そして、支承片と鞘管との構成につき嵌着以外の関係を示唆する記載は、《証拠省略》の原明細書中に見出すことはできない。したがって、本願考案の登録請求の範囲に記載された支承片、鞘管及び擬餌体は、「支承片」に「鞘管を嵌着させると共に」、やはり「支承片」に「柔軟弾性を有し且中空体状に形成した擬餌体を取付け」るという構成上の関係にあるものと解釈すべきである。

原告が主張するように、本願考案の登録請求の範囲の記載文言を区切って読むことは、その文脈上不自然であるし、《証拠省略》の原明細書の記載からそのような解釈を導くことは困難である。特に、右主張によれば、その登録請求の範囲には支承片と鞘管との構成上の関連はなんら示されていないことになり(したがって、両者が離間されている構成も排除されないことになる。)、支承片と鞘管の嵌着関係を明示している原明細書の前記記載部分とは明らかに整合しないことになる。

原告は、「鞘管を嵌着している擬餌体」が「支承片」に取付けられていると解釈するのであるが、一般に、嵌着とは一方が他方に嵌り込んで互に接合面を有する固定関係にあることを意味することに徴すれば、鞘管の下端部では擬餌体との格別の結合関係も認められず、単に鞘管が擬餌体内に収容されているにすぎない別紙図面(一)記載のいか釣針において、右両者が嵌着関係にあるものとは到底認めがたく、結局、原告は自ら主張する登録請求の範囲の解釈によっても実施例の追加である別紙図面(一)記載のいかつり針の構成を説明することができない矛盾に陥っている。

したがって、作用効果に関する主張について判断するまでもなく、取消事由1は理由がないものというべきである。

三  取消事由2について

本件補正の適否を判断するに当っては、何よりもまず本件補正の対象とされた別紙図面(一)記載のいか釣針の構成そのものが原明細書に開示されているか否かが検討されなければならないのであるが、前記二に述べた本願考案の登録請求の範囲によれば、支承片と鞘管との関連については両者が嵌着関係にある構成のみが示されているにすぎず、《証拠省略》によれば、原明細書中の考案の詳細な説明及び添付の図面にも右両者が嵌着関係にある構成についての記載のみが認められるにとどまるから、原明細書には、別紙図面(一)記載のように両者が載置関係にある等嵌着関係以外の構成の開示はないものというほかない。

原告は、原明細書に記載された別紙図面(二)及び(三)のいか釣針と本件補正の対象とされた別紙図面(一)のいか釣針とは同じ技術的課題の解決を目的としているから、後者の構成は前者の構成から自明なものとして原明細書に開示されている旨主張する。《証拠省略》によれば、本願考案の技術的課題が、原告主張のように柔軟弾性を有しかつ中空体の擬餌体を上下方向に変形させない(潰させない)ためにどうすべきかという点にあるものと認められるが、一般に技術的課題解決には種々の構成が考えられるのであり、そのいずれもが考案性を有する場合には、解決すべき課題が一致するからといって、直ちに一方の構成に基づいてなんら具体的に開示されていないこれと異なる他の構成が自明なものとして示唆されていると認めることは相当ではない。本件において、原明細書中に別紙図面(一)記載のように支承片と鞘管が載置関係にあることについての記載がないことは既に述べたとおりであるし、原明細書に記載された別紙図面(二)ないし(五)のいか釣針と本件補正の対象とされた同(一)のいか釣針を具体的に対比すると、両者は支承片との関連構成が前記のように相違するほか、後者のものが構造が簡単で製作が容易と認められるので、後者のものを原明細書から自明のものとすることはできない。その他鞘管と擬餌体の関係等別紙図面(一)記載のいか釣針の構成の自明性に関する原告の主張は、すべて《証拠省略》の原明細書の記載に照らして理由がない。

四  以上述べたところによれば、本件補正の対象である別紙図面(一)のいか釣針の記載が実施例の追加としてなされている以上、本件補正は本願考案のいか釣針の構成の解釈に影響を及ぼし、ひいては原明細書の要旨を変更するものと認めざるを得ないのであるから、本件補正却下決定は正当である。

よって、右決定の取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 楠賢二 松野嘉貞)

<以下省略>

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